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簡単には諸肌脱がない遠山金四郎

修羅場という修羅場を嫌というほどくぐり抜けてきたせいか、少々の嫌がらせやわざとらしい算段に易々と乗るほど柔じゃない。むしろ居座って相手を嫌がらせる方がよほど痛快だ。そう、六十も過ぎた金四郎は簡単には諸肌を見せないのである。実際に脱いでみたらもう桜は吹雪となって散っていたとしてもだ。亀の甲より年の功なのである。べらぼうめ。



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