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徳川慶喜 (三)

小学生で読んだ明治維新にまつわる本以降、習った歴史や親しんだドラマで常識であり事実であると信じ込んできたことがなんとこの歳で覆るとは。現今の政界をリードする旧長州閥の欺瞞は薄々見抜けていても、まさか薩摩の偉勲が狭量な覇権主義に基づいたものとは思いもよらなかった。歴史とは小林秀雄が言い山岡荘八が描いたように後世から覗いてみるだけでは真実に触れることなどできないようだ。



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