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存在と時間(上・中・下)

デカルトの「吾思う、故に吾あり(Cogito ergo sum)」を批判し、他人という共同存在がある故に自らがある。死は生の一形態である。誕生も死も単独の事象ではなく、時間というスパンの中で捉えれば生まれたまま実存し、生まれたまま死ぬのである。上中下3巻に及ぶハイデガーの考察は誠に難解キャンディーズでしたが、父を亡くした際自分の存在も消えるのではと考えていたことはあながち見当外れではなかったようです。

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