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馬鹿になるといふ事

ていとうていとうと、つづみをうちて、心すましたる声にて、とてもかくても候、なうなうとうたいけり。入試演習問題でよく目にした一節だが、小林秀雄は続けて「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い出すのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、解った例しがあったのか。鑑賞にも観察にも堪えない。其処に行くと死んでしまった人間というのは大したものだ。何故、ああはっきりとしっかりとして来るんだろう。まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな」
理不尽なめに遭遇したり、不正義に対峙しても馬鹿になるってのは難しいことですね。

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